カテゴリ:道( 4 )

東北道

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ボクは今 真夜中 東北道
北へ北へキミの街へ走ってる
何十台と連なっててく 消防車
暗闇に灯火を灯していく

それぞれのふるさと背にして
北へ北へキミへ届け ぼくらのハイウェイ
さっきは沖縄ナンバーだったよ
ボクを追い越してく タンクローリー
でこぼこ道も恐くないよ
キミの笑顔を浮かべてると
がんばらないで キミのまんま
待っててくれるかな

名も知らない小さなサービスエリア
食堂のおばさんがあたたかい
おにぎりを握ってくれたんだ
涙があふれる前に ボクはほうばった

ラジオから流れるニュースに
耳をふさぎたくなるけれど
ひびわれたこの道の向こうに
朝日は昇るんだ

空には星空ヘリコプター
キミの夜空を照らしてるよ
必ずキミに届けるから
僕らの流れ星

がんばらないで キミのまんま
あきらめないで ボクのまんま
僕らの歩幅で歩いてく
キミとボクをつなぐ一本道

作詞作曲 松安知行


僕はこの松安知行と相方として、
十年一緒に唄を歌ってきました。
彼は震災後、被災地に救援物資を届ける仕事をしていました。
その時に書いた唄です。
「東北道」

岩手県田野畑村という小さな小さな村に行ってきました。
村民4000人ほど。
その田野畑村に小さな小さな岩泉高校田野畑校という高校があります。
全校生徒は30人満たないほど。
毎年毎年その田野畑校の文化祭、田高祭のイベントとして二人で歌いに行っていました。

そんな田野畑校も63年の歴史に幕を閉じることになり、
その閉校式に参加する為に行ったのです。

いろんなドラマがありました。
涙腺緩みっぱなしでした。
非常に非常に濃い濃い時間でどれからここで伝えてよいか、
まだ整理が付かないというのが本音です。

3.11大きな大きな地震があり、
大きな津波も田野畑村を襲いました。

ものすごく思い入れのある土地ということで、
震災前から田野畑村のことが気になっていたのですが、
この震災の後はますます、
田野畑村のことが気になって気になって仕方がありませんでした。
たまに夢に出てくるくらい。

でも、
今回その田野畑村にやっとやっと行けました。
被災した田野畑村へ。

僕らが毎年泊まった羅賀地区にある「羅賀荘」は見るも無惨な姿へと変貌していました。
いろんなものが津波によってえぐり取られ全く以前の街の姿とはかけ離れたものに...。

正直ここまでとは思ってもみなかった被災の現実を見ました。
触れました。嗅ぎました。そして感じました。

当たり前のものが当たり前でなくなる。

これほど恐いことはないです。

もっともっと書きたいことは山ほどありますが、
まだ頭の整理も写真の整理もできていないので今日はこの辺で。

写真も1500枚くらい撮ったので、
小出しにしていきます。

最後に、
こういう出会いや経験は相方の松安知行なしでは得られなかったこと。
一緒に歌って来れたことを誇りに思うし、
感謝の気持ちでたくさんです。
そして、
僕らを田野畑に呼んでくれた、皆川桂輔氏
田野畑村、岩泉町の村民、町民の方々に心より感謝致します。

また必ず田野畑村に行きます。
大切な人と一緒に。

感謝。

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by sakura-kimura | 2012-03-05 19:58 |

祖父の歩いた道

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先月、父方の祖父が突然亡くなり、
急遽、父方の実家のある福岡県北九州小倉へ。

斎場に着き、その一室。
祭壇の棺の中で気持ち良さそうに横になるじいちゃん。
いい顔してた。

昔、競輪選手だった祖父。
華やかな生活の裏に祖母には相当苦労を掛けたらしい。

それから、
じいちゃんはばあちゃんに心底感謝していたのか、
負い目を感じていたのか、
じいちゃんはなぜか全く怒らない人に。ばあちゃんにも、周りの人にも。
母方の沖縄の厳しかった祖父とは正反対。
特に僕なんか怒られたという記憶が全くない。
いつもニコニコ。
でも滑舌があんまり良くなかったので何を言ってるのかよくわからなかった。
初めての孫ということでとにかく可愛がられた。
じいちゃんが教えてくれた絵描き歌を今でもよく覚えているし、
今でも描ける。

そして、
とにかくビール好きだったじいちゃん。
特にキリンビール。
とにかくいつもキリンビールを飲んでいた。
その辺は僕もちゃんと受け継いでる。
僕もキリン派だ。

お通夜の夜、
祭壇に横たわるじいちゃんと線香に灯をともし続けながら、
じいちゃんにお供えしているビールと何度も何度も乾杯しながら、
僕もしこたまエビスビールとラガービールを呑んだ。
じいちゃんとの思い出に浸りながら。


僕がビールを飲めるようになってから、
じいちゃんの家のある小倉に里帰りする機会はかなり少なかったので、
じいちゃんとあまり杯を交わすことができなかったのが本当に本当に心残りだ。
ダカラコソ今日こそは!と思って、
口も目も開かないじいちゃんとつぶれるまで飲もうと思った。

案の定、
じいちゃんの目の前(祭壇の目の前)で座布団を枕にして、
記憶のないまま眠りについた。
要するにつぶれた。多分じいちゃん喜んでるはず(自己満足)
線香は多分消えてたはず...。力不足...。

翌日の僕は余裕で二日酔い。
死後の世界には二日酔いはないと信じたいが、じいちゃんも僕と同じく二日酔い(多分)

斎場で火葬する前に、
棺の中を花でいっぱいにする。
係の方に「じいちゃんビールが好きだったんで飲ませていいですか?」
とお願いすると、菊の葉にビールを浸して、口元につけてあげて下さいとのこと。
みんなで大好きだったキリンビールを口元にあげてお別れ。


骨になったじいちゃん。

しっかりしたきれいな骨だった。
心の中で「やるじゃんじいちゃん」って誇らしげだった。
のど仏もきれい。

でも、
最近骨折した際にボルトを入れていたので、
それがきれいに生々しく残っていたのが痛々しかった。
痛かったろうに。文句も痛いとも言わなかったみたい。

みんなで実家に帰り、
仏壇の横にじいちゃんの祭壇を作る。

手を合わせて、みんなで写真を撮ってお葬式は無事終わり。



その夜、
じいちゃんの祭壇のある部屋で一人就寝。

夜中、
ばあちゃんが僕の寝ている祭壇の部屋に入ってきた。

じいちゃんの遺影や祭壇を見て、
「あれ?じいちゃんなんでこんなことになってるの?」
「いつ死んじゃったの?」
「お葬式はしたの?」
「私は一人になっちゃうの?」

...。


そう言ってばあちゃんは泣き出してしまいました。

そうなんです。

ばあちゃんは痴呆症なんです。
いろんなことをすぐに忘れてしまう病気です。
もしかしたら、今回のじいちゃんの死の記憶も飛んでしまうのでは、
と構えてはいましたが...。

今回のことで一番哀しかった瞬間でした。

僕一人では収集がつかないので、
ばあちゃんの声を聞いて起きてきた母親にばあちゃんをお願いした。
母の包容力は偉大だと痛感。

翌日、昨日のことはなかったかのように、
じいちゃんの衣類やらなんやらかんやらを捨てまくるばあちゃん。
残しておいてもどうせ思い出すだけだからね。って。

恐るべしその切り替え力。

やるなぁばあちゃん。
しっかりしてる部分はまだまだ健在。
昔から、ばあちゃんのそういうところがたまらなく好きだった。

この日は、僕が東京に帰る日。
僕が帰るって分かった時のばあちゃんの反応が怖い。
泣いてしまわないか。
ばあちゃんの寂しそうな顔は見たくない。

でも、
ばあちゃんに「帰るね」と一言だけさらっと告げ、
ささっと別れた。
「わざわざ遠くからありがとう」って答えてくれた。

次回小倉に来る時はばあちゃん俺の顔見て「誰ですか?」
なんて言わないかな。
心配だ。

そして最後に仏壇の横のじいちゃんの祭壇へ。
手を合わせ、キリン一番搾りを供えて僕はお別れした。

だから僕はキリンビールを嫌いになることはない。
これからもずーっと。

ありがとう、じいちゃん。
大好きだった、じいちゃん。

あなたとビールを飲みにいくんだ。


カメラ:Nikon D300s
レンズ:Tokina ATX 12-24mm F4


追記

上の写真は小倉の実家(じいちゃんの家)をすぐ出たところ。
右に公園があり、
最近まで、その公園のベンチでひなたぼっこをする為に一人で歩いてた散歩のコース。

おそらく祖父の最後に歩いた道。

少し涙を流しながらファインダーを覗いていた。

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そしてその公園。
あのベンチに腰掛けていたはず。

僕は幼い頃からこの写真と同じ景色をよく夢に見る。
なんなんだろう。


カメラ:Nikon D300s
レンズ:Tokina ATX 12-24mm F4
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by sakura-kimura | 2011-08-03 12:51 |

人として

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作詞:武田鉄矢

遠くまで見える道で 君の手を握りしめた
手渡す言葉も 何もないけど

思いのままに生きられず
心に石の礫なげて
自分を苦しめた 愚かさに気付く
私は悲しみ繰り返す そうだ人なんだ

人として人と出会い 人として人に迷い
人として人に傷つき 人として人と別れて
それでも人しか 愛せない

夢を語り合えばいつも
言葉はすぐに途切れてしまう
ひざを抱えて うつむくことばかり

鳥のように生きたいと
夕空見上げて佇むけれど
翼は愚かな あこがれと気付く
私は大地に影おとし 歩く人なんだ

人として人と出会い 人として人に迷い
人として人に傷つき 人として人と別れて
それでも人しか 愛せない
それでも人しか 愛せない

カメラ:Nikon D300s
レンズ:Tokina ATX 12-24mm F4
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by sakura-kimura | 2011-04-28 21:29 |

荒川河川敷

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3年B組の生徒はいるかな。
なんて、思わず探してしまう。

ソーランソーラン♪って聞こえてきそうだ。

カメラ:Nikon D300s
レンズ:Tokina ATX 12-24mm F4
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by sakura-kimura | 2011-04-28 21:27 |