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東北道

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ボクは今 真夜中 東北道
北へ北へキミの街へ走ってる
何十台と連なっててく 消防車
暗闇に灯火を灯していく

それぞれのふるさと背にして
北へ北へキミへ届け ぼくらのハイウェイ
さっきは沖縄ナンバーだったよ
ボクを追い越してく タンクローリー
でこぼこ道も恐くないよ
キミの笑顔を浮かべてると
がんばらないで キミのまんま
待っててくれるかな

名も知らない小さなサービスエリア
食堂のおばさんがあたたかい
おにぎりを握ってくれたんだ
涙があふれる前に ボクはほうばった

ラジオから流れるニュースに
耳をふさぎたくなるけれど
ひびわれたこの道の向こうに
朝日は昇るんだ

空には星空ヘリコプター
キミの夜空を照らしてるよ
必ずキミに届けるから
僕らの流れ星

がんばらないで キミのまんま
あきらめないで ボクのまんま
僕らの歩幅で歩いてく
キミとボクをつなぐ一本道

作詞作曲 松安知行


僕はこの松安知行と相方として、
十年一緒に唄を歌ってきました。
彼は震災後、被災地に救援物資を届ける仕事をしていました。
その時に書いた唄です。
「東北道」

岩手県田野畑村という小さな小さな村に行ってきました。
村民4000人ほど。
その田野畑村に小さな小さな岩泉高校田野畑校という高校があります。
全校生徒は30人満たないほど。
毎年毎年その田野畑校の文化祭、田高祭のイベントとして二人で歌いに行っていました。

そんな田野畑校も63年の歴史に幕を閉じることになり、
その閉校式に参加する為に行ったのです。

いろんなドラマがありました。
涙腺緩みっぱなしでした。
非常に非常に濃い濃い時間でどれからここで伝えてよいか、
まだ整理が付かないというのが本音です。

3.11大きな大きな地震があり、
大きな津波も田野畑村を襲いました。

ものすごく思い入れのある土地ということで、
震災前から田野畑村のことが気になっていたのですが、
この震災の後はますます、
田野畑村のことが気になって気になって仕方がありませんでした。
たまに夢に出てくるくらい。

でも、
今回その田野畑村にやっとやっと行けました。
被災した田野畑村へ。

僕らが毎年泊まった羅賀地区にある「羅賀荘」は見るも無惨な姿へと変貌していました。
いろんなものが津波によってえぐり取られ全く以前の街の姿とはかけ離れたものに...。

正直ここまでとは思ってもみなかった被災の現実を見ました。
触れました。嗅ぎました。そして感じました。

当たり前のものが当たり前でなくなる。

これほど恐いことはないです。

もっともっと書きたいことは山ほどありますが、
まだ頭の整理も写真の整理もできていないので今日はこの辺で。

写真も1500枚くらい撮ったので、
小出しにしていきます。

最後に、
こういう出会いや経験は相方の松安知行なしでは得られなかったこと。
一緒に歌って来れたことを誇りに思うし、
感謝の気持ちでたくさんです。
そして、
僕らを田野畑に呼んでくれた、皆川桂輔氏
田野畑村、岩泉町の村民、町民の方々に心より感謝致します。

また必ず田野畑村に行きます。
大切な人と一緒に。

感謝。

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by sakura-kimura | 2012-03-05 19:58 |